昨年、業務中に熱中症にかかった人は全国で1178人。業務中の負傷や業務による疾病には労災が適用されるが、それで会社の負担がゼロになるわけではない。休業補償や慰謝料など労災をもとにした支出は少なくない。熱中症への取り組みは企業の責務と国が明確に位置付ける以上、熱中症対策はどの会社も他人事ではない。「労災隠し」が横行する状況も踏まえ、熱中症対策を考えてみた。
消防庁によると、昨年5月から9月に熱中症で救急搬送された人は9万5千人にのぼり、うち死亡者は160人に達した。死傷者には職場で熱中症となった人も少なくない。厚生労働省が今年5月に発表した「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によると、2018年の職場での熱中症による死傷者は1178人で、過去10年で最多となり、そのうち死亡した人は前年の2倍となる28人におよんだ。
職場での熱中症による死亡者数を業種別にみると、建設業が10人と最も多かったのは前年同様だが、前年にはゼロだった製造業で5人の死亡者が出るなど、屋内での作業も目立つ。
従業員が業務中や通勤途中で負傷し、または死亡したときは会社が責任を負う。その負担の大半は強制加入となっている労災保険でカバーできるのだが、覚えておきたいのは全てを賄うことはできないということだ。
労働災害で発生する損害は、病院での治療費をはじめとして、休業損害、逸失利益、慰謝料など多岐にわたる。
このうち治療に関しては労災保険によって全額無料で受けることができるが、給料分の生活補償は月給の8割となっている。
慰謝料は労災で賄われないため、会社に非があれば負担することになるだろう。また労災は3日の待機期間があり、この3日間の分は会社が休業補償を支払わなければならない。
従業員が慰謝料を求めてきた際には莫大な金額になることもある。業務災害をはじめ労働者の権利が強まっている昨今は、民事裁判でも労働者側に有利な判決が出やすい傾向にある。さらに熱中症に関しては、09年に厚生労働省労働基準局長が「職場における熱中症の予防について」とする通達を都道府県労働局長へ発し、また業界団体を通じて事業者に予防の実施を要請するなど、事業者の安全配慮義務に対する責任をこれまで以上に重視するようになっている。
暑い日に労働者を酷使するなどもってのほかで、必要な対策を怠ったということで企業が大きな責任を背負わされる。民事賠償でも企業の日頃の姿勢が問われかねないだけに注意したい。
労災保険の保険料は、災害発生の割合で業種を分類し、賃金総額に対して最高「1000分の88」から、最低「1000分の2・5」までの料率を細かく分けているが、そのなかでも災害の多い企業にはペナルティーを与えている。逆に労災認定の少ない企業の保険料は減額している。これが「メリット制」といわれるもので、保険料の抑制を狙った制度であることはいうまでもない。実質は「ペナルティー制」というべきものだろう。
保険料の増減は、プラスマイナス40%の範囲で行われ、保険給付に関する収支率が85%を超えると保険料を増額し、75%以下では保険料が減額されることになる。このペナルティーをおそれ、またご褒美を求めて、当該従業員との〝話し合い〞によって労災事故をもみ消してしまい、報告書の未提出や虚偽報告などを行う「労災隠し」が目立つようになっている。労災隠しが発覚すると、労基署は安全衛生法違反容疑で送検し、ほとんどの場合で50万円以下の罰金刑が確定している。
企業が労災事故を隠す理由は、メリット制への影響など金銭的なものだ。そして、公共工事の指名を受けられなくなることや、元請けに迷惑がかかることを心配してのこと、また社会的なイメージダウンを避けたいという思いもある。だが、労災の発覚以上に、「労災隠し」が発覚した際のダメージは何倍も大きい。ましてやメリット制を悪用するための虚偽となれば社会の目も冷たい。まずは労働災害を起こさないための努力と工夫が避けられないだろう。
厚労省では熱中症防止のための対策として、休憩場所の整備や高温多湿な場所での作業時間の短縮、水分や塩分の補給などを以前から企業の努力義務として求めてきたが、さらに最近では、睡眠不足や体調不良、前日の飲酒、朝食の未摂取といった従業員の日常生活まで企業に「留意すること」と、その管理を要求している。
熱中症予防が企業の責任とされている以上、その予防措置が企業防衛にもなる。やれるだけのことは抜かりなくやっておきたい。
(2018/08/02更新)