在職老齢年金の廃止検討へ

損しない年金の受け取り方


 政府・与党は、一定以上の収入のある厚生年金受給者の年金額をカットする「在職老齢年金」を廃止する方向で検討に入った。年金額が減らされることが高齢者の就労を妨げているとして、一億総〝生涯現役〞社会を目指すようだ。在職老齢年金は、ある程度の収入以上の人が対象となることから企業経営者など富裕層からも見直しを求める声が以前から上がっていた。制度廃止も視野に損をしない年金の受け取り方を考えたい。


 月額18万円の厚生年金を受け取れる人が月に30万円の給料を受け取ると、厚生年金は年間で120万円も削られることになる――。これは厚生労働省の発行する在職老齢年金を説明したリーフレットにある例だ。65歳までの受給権者が受け取る厚生年金(特別支給)と給料の合計額が28万円を超えると、一定の割合で年金額が減らされる仕組みだ。65歳以上であれば47万円がラインとなる。

 

 厚生年金の保険料は、標準報酬の18・3%で、事業主と被保険者が折半負担している。生涯に受け取る報酬の平均月額が50万円になる人なら、入社から退社までの間に支払う保険料はおよそ2000万円にも及ぶ。

 

 給料から無条件に約1割も天引きされ続け(会社と折半負担)、ようやく受給権を得たにもかかわらず約束どおりに支払われないというアンフェアなルールには、高額所得者を中心に以前から批判があった。

 

 老齢厚生年金の平均的な受給額は月額10万円前後であることが多く、65歳以上の人で在職老齢年金の線に引っ掛かるのは月収37万円以上となる。65歳以上で再雇用された人の平均月収は十数万円ということから考えれば、やはり富裕層ということになるだろう。高収入を得ている企業経営者のなかには生涯にわたって1円も受け取れない人もいる。

 

 なお、在職老齢年金制度による年金額の減額や支給停止の対象は老齢厚生年金のみであり、国民年金から支給される老齢基礎年金は対象とならないため、支給額が減らされることはない。また、遺族厚生年金や障害厚生年金に影響することもない。

 

損をしない働き方

 いくら頑張って働いても、せっかく納めてきた保険料が無駄になるなら「働かないほうがマシ」と考える人もいるだろう。実際、報酬月額相当額と基本月額の合計額を47万円以下に抑えて働いている人も少なくない。

 

 ただ、年金が満額支給にならないからといって、例えば月に百万円を稼ぐ人が仕事量を抑えるのでは本末転倒だ。年金が削られるとはいえ、決して働き損というわけではない。また、厚生年金の被保険者でありつつ納めた保険料は、70歳以降の老齢厚生年金額に加算される。だが、それまでに在職老齢年金として削られた分をカバーできるかどうかは、それぞれの報酬と相談しながらシビアに計算する必要があるだろう。

 

 とはいえ、65歳から70歳までに受け取れるはずの年金がゼロになるのはやはりおもしろくない。見てきたように、在職老齢年金とは働きながら年金を受けると一定額以上の場合に年金額がカットされる仕組みで、あくまでも「厚生年金に加入して働く場合」に限られている。そのため、自営業者となって外注扱いで業務を請け負っている人や、65歳以上で再び会社員になったとしても勤務先が厚生年金の適用事業所以外であれば厚生年金の被保険者とはならず、保険料を支払う義務は生じない。

 

 つまり、勤めていた会社を定年退職した後に再雇用されるのでなく、たとえ同じ業務を担当するのでも外注として請け負えば、本人も企業も厚生年金の負担がなくなるということだ。さらに、在職老齢年金の規定によって年金がカットされることもない。働き方を変えて「契約社員」や「業務委託」などの形にして、厚生年金から抜けてしまえば在職老齢年金のことを考慮せず、目いっぱい稼ぐことも可能になる。

 

 東京・千代田区の会計事務所の所長は、「65歳以上の社長が自分自身を外注扱いにしてフルに年金を受け取ることは可能で、社会保険料の負担減になることは間違いない」と話す。ただ「社内の統率がガタガタになるおそれもあるのでお勧めはしないが」と付け加えた。状況によって、損をしない働き方はいろいろあるようだ。

 

制限を設けるのはルール違反だ

 日本の社会保障制度は憲法25条に基づき、年金や医療などの「社会保険」、生活保護などの「公的扶助」、障害者支援などの「社会福祉」、感染症予防などの「公衆衛生」の4つの柱で構成されている。

 

 このなかで義務を満たすことで権利を享受できるのは、保険の仕組みをとっている社会保険だけだ。つまりそのほかの3つは憲法に基づき天賦された権利として、なんら義務を果たさずに権利を主張できる。だからこそ適用には時として厳しい審査も必要になる。裏を返せば、社会保険は義務を行使すれば無条件で権利を受けられなければならず、その約束があるからこそ長年にわたって強制的に保険料を払っているのである。

 

 にもかかわらず、権利を主張できるときになって「あなたには所得があるから払いません」では約束違反も甚だしい。高所得者への負担につき、税金をはじめ支出の面で調整するのは応能負担原則に基づくものだが、義務の成果を受け取るときに「金持ち」というだけで制限を付けるのはルール違反だ。

 

 厚生労働省は、2004年の年金情報の漏えいから統計資料の偽装問題まで不祥事が相次ぎ、国民の信頼は完全に失われている。社会保険に対する国民の信頼を取り戻すためにも在職老齢年金の仕組みはもちろんのこと、公正で安心できる年金体制を構築してもらいたい。

(2019/06/04更新)