建物や機械装置の修理や改良にかかった費用が「修繕費」に当たるか「資本的支出」かの判定は、税務当局と争いになりやすい永遠のテーマだ。前者であれば全額がその年の経費となるが、もし後者と判定されてしまえば、資産として減価償却していかなければならず、会社の財務戦略に大きな影響を与える。両者の判断基準はあいまいで、否認された時の追徴課税を恐れ、ともすれば資本的支出としてしまいがちだが、過去の事例をひもとけば「ここまでは修繕費」という境界線が見えてくる。両者を見極める目を養い、経費と判断できるものは、しっかり主張していきたい。
大手産業機械メーカーのクボタ(大阪市)がこのほど、2015年12月までの2決算期で、大阪国税局から約10億3千万円の申告漏れを指摘されていたことが明らかになった。指摘されたのは、農業機械を製造する工場敷地内の道路補修費で、同社は「修繕が必要な部分があった」として経費計上したが、大阪国税局は「道路の機能や耐用性が上がった部分がある」と資産認定し、4億2千万円の追徴課税を行った。一部については所得圧縮の目的でわざと一つの工事を複数の部分補修として申告したとも指摘し、重加算税もプラスされたようだ。
また同時期に、東日本高速道路(東京都千代田区)も、約5億1千万円の申告漏れを東京国税局に指摘されている。こちらも道路の舗装や修繕工事の費用を「修繕費」として経費計上したが否認され、約2億円の追徴課税が行われた。道路の機能や耐久性が向上していたため、「新たに資産を取得した」と認定されるに至った。
修繕費と資本的支出の判別は、長きにわたり納税者と税務当局が争ってきた、いわば〝永遠のテーマ〞だ。修繕費と判定されれば費用全額が損金となるが、資本的支出と認定されてしまうと減価償却資産となり、それぞれの耐用年数に従って長い時間をかけて経費計上していくことになる。
企業にとっては、修繕費として申告したものが否認されると、支出年度に一括して計上できるはずだった多額の損金がなくなるだけでなく、その分は「申告漏れ」として加算税などといった本来不要の税負担まで発生してしまう。クボタのように4億円とまではいかなくても、会社の屋台骨を揺るがすレベルの損失になることは十分に想定できる。財務体力に乏しい中小企業にとっては死活問題といっても過言ではないだろう。
ただ、そこまで重要でありながらも、修繕費と資本的支出の境界線はあいまいだ。やり手の顧問税理士を抱えていたであろうクボタのような大企業であっても否認と追徴課税を食らうという事実は、判別がいかに難しいかを物語っている。
こうした追徴課税リスクもあってか、判別の難しい〝きわどい〞支出については、安全策を取る意味でも資本的支出としてしまう企業や顧問税理士が少なからず存在するようだ。最初から資本的支出と認識して税務プランを立てておけば、それ以上の問題が発生することはない一方、修繕費と判断したものが否認されれば多額の追徴課税がされるわけで、そのリスクを回避する考えは理解できる。しかし仮に、その支出が本来は修繕費として計上できるものであれば、損金にできずに損をしているとも言える。
確かに修繕費と資本的支出の判別は、税務当局との争いになりやすいテーマだ。だが、そこには一定の判断基準が存在するのも確かだ。また判別しづらい境界事例でも、過去の裁決事例などを見れば、そこには一定の傾向があることがうかがえる。こうした事例から傾向と基準を読み解くことで、できるかぎり否認リスクを抑え、自社に有利な形を作ることができるはずだ。
国税庁は、修繕費を「資産の維持管理や原状回復のために要した」費用、一方の資本的支出は「使用可能期間を延長させ、価値を増加させる」費用とそれぞれ定義付け、一つの工事のなかに両者が混在することもあり得るとしている。またそれぞれの具体例として、修繕費ならば、建物の塗装の塗り直し、損壊部分の補修、機械装置の移設、地盤沈下などによる土盛り、ソフトウエアのバグの除去などを挙げ、資本的支出には建物への避難階段の取り付け、用途変更のための改装、性能をアップさせる機械部品の取り替え、ソフトウエアの新機能追加などを挙げている。
おおむね判定基準として言えるのは、材料や材質などを含めて取得当時の状態に戻す原状回復はセーフで、現在の建物や機械を取得当時よりもバージョンアップさせることはアウトということだ。この原則が大前提となる。とはいえ、多くのケースでは、全く同一の材料を使って補修したわけではないとか、長年使っているものを修繕すれば使用可能期間が延びるのは当然ということもあり、簡単に判別できるものではないことが予想される。そのため実務上では、両者の判別が明らかでない時に、いくつかの基準を使って支出の性格を判別することが認められている。これらの基準に当てはめていけば、その支出が修繕費に当たるのか、資本的支出に当たるのかが分かるわけだ。
ただし基準はあくまで「両者を判別しづらい」支出について適用されるもので、単なる新製品への取替えなど明確に資本的支出となるものについては意味をなさない点には注意したい。
それでは基準とは具体的にどのようなものか、挙げてみる。
①20万円未満は全てセーフ
中小企業は新規に取得した固定資産については1点30万円未満までは、その年度に全額を損金計上することが可能だ。そのため修繕費としては認められないエアコンや給湯器の交換などを同特例で損金化することができる。一方、改築や改良といった既存資産の資本的支出についても、20万円未満のものなら一括して損金に含めることができる。
②3年ごとに行う改装は修繕費
金額の多寡にかかわらず、修理や改良がおおむね3年以内周期に行われるような定期改修である時は、全額を修繕費として損金計上することが可能だ。飲食業や宿泊業、アパレル系の業者などでは定期的に内装を変えることも珍しくないため、こうした処理が認められている。実際に3年以内ごとに改修を行っている実態に加え、それを証明する過去の帳簿や領収書を保存しておかなければならない。
③かかった費用が60万円未満なら?
改修費用が60万円未満であれば、修繕費として計上できる。ただし注意したいのは60万円未満の支出イコール修繕費となるわけではなく、あくまで「資本的支出か修繕費か明らかでない金額」についてのみ適用される形式基準である点だ。内容にかかわらず全額損金となる20万円未満ルールとの違いを認識しておきたい。
④取得価額の「1割」基準
同様に、改修にかかった費用が、その固定資産を取得した時の価額の1割以下であれば修繕費とすることが可能だ。ただし、これまでにバージョンアップや機能追加といった資本的支出をすでに行ったことがあるなら、その分も加算した上での1割以下となる。これもまた、資本的支出か修繕費か明らかでない部分についてのみ適用される。
⑤3割だけでも修繕費に…
これまでのどの基準を用いても修繕費と判定できない時には、全額を損金にできるわけではないが、支出額の3割か固定資産の取得価額の1割か、どちらか少ない額を修繕費として計上できることになっている。残りは資本的支出として計上することになるが、全額が資本的支出となるよりはマシというわけだ。ただし「継続してこの基準を使わなければいけない」という要件があり、年度ごとにこの基準を持ち出したり持ち出さなかったりということはできず、一度適用すればこの3割基準を用い続けなければならない。
修繕費として計上するための原則として、性能の向上が図られる改修では認められないと説明したが、これには例外規定も存在している。
例えば、老朽化した社宅の雨戸の交換をしたものの、同じ木製では取り替える費用がかさむため、新しいアルミ製品に替えたというケースだ。結果だけをみれば明らかに資産の価値や寿命は増しているが、これは価値の向上それ自体が目的ではなく、安さを求めたことによる結果論であるとして、修繕費として計上することが認められた。
同様に、機械の部品を交換したいものの生産中止となっていため、性能がアップした現在の廉価品を使ったというケースでも、やはり安さを求めた上での結果であるため、修繕費として認められるわけだ。
このように、仮に使用可能期間の延長や価額の増加が生じたとしても、価格が低かったために採用したというケースでは、全額を修繕費とすることができる。ただし立証責任は納税者側にあるため、旧部品が生産中止となっている証拠や、旧製品に取り換えると費用が高くなる事実を証明する比較資料などを用意することが求められる点には注意したい。
また修繕費ではないものの、蛍光灯をまとめてLEDへ取り換えた時は、消耗品費として経費処理できることも覚えておきたい。電球部分のみの取り換えは、大本の固定資産である天井の電気設備の資産価値を増すものではないと解釈できるためだ。もっとも、LED非対応の電気設備をそのために改修するというようなケースは資本的支出に該当する。
これらの基準や例外規定をもってしても両者の判別が付かない時には、前提である「使用期間の延長や価値の向上があるか」という実質判定に立ち戻ることになる。その解釈をめぐっては、これまでたびたび納税者と課税庁側でも争いが起きてきたが、いくつかの事例から、その傾向を読み取ることができる。
2001年にあった事例では、卸売業を営む企業が、自社が所有する3つの建物について、それぞれ雨漏りが絶えなかったため、屋根に全面的な水漏れ補修工事を行った。だがその費用について課税庁と主張が対立し、決着は国税不服審判所に持ち込まれることになる。
審判所の裁定は、1つの建物についてのみ資本的支出とし、残り2つの建物については修繕費として計上することを認めるというものだった。その違いはどこにあったかというと、建物の構造だ。
修繕費が認められた2つの建物はいわゆる「陸屋根」であり、傾斜がない平面の屋根だった。残る1つは傾斜のある屋根だった。審判所はこれらの事情をもって、「陸屋根は雨漏りの経路を特定しづらいため、屋根全体について補修工事を行うことが応急措置として一番安価だった」とする一方、「傾斜のある屋根に対しては雨漏り箇所に個別対応することが可能だったにもかかわらず、全体を工事したのは資本的支出に当たる」と判断したわけだ。この建物は20カ所以上が雨漏りをしていたにもかかわらず、である。
この裁決から読み取れるのは、前述の例外規定でも示したとおり、価値の向上があったとしても、それが機能回復するために、やむを得ない合理的な選択であったか、最も安い方法を選んだ結果だったがポイントとなることだ。金額の多寡はもちろん、価値の向上があったかどうかも最終的には重要ではなく、それが安価かつ合理的なたった一つの方法であったかどうか、それこそが「修繕費」と認められるための要素だということだ。
改修や改良のための支出が修繕費になるかならないかは企業にとって大きな問題となる。他の手法に比べていかに安くなったかを証明できる見積書などの資料を示せれば、修繕費として認められる可能性が格段に高まるだろう。専門家である税理士の意見などを聞き、適切に判断していきたい。
(2017/06/28更新)