2017年度税制改正大綱には、事業承継の際に生じる税負担を大きく減らすことのできる「事業承継税制」の見直しが盛り込まれた。同税制はこれまで何度も拡充が図られているが、今回の見直しでさらに、自社株の生前贈与にかかる課税リスクが大きく軽減される。多くの中小企業にとって自社株引き継ぎにかかる税負担の重さが承継の高いハードルとなっている。同制度の利用が今後は増えていくかもしれない。
事業承継税制は、中小企業経営者が事業を承継する際に、相続や贈与で後継者に譲り渡した自社株にかかる税負担を軽減するという制度だ。譲り渡した自社株と後継者がもともと持っていた自社株の合計のうち、発行済議決権株式の3分の2までの部分について、相続税なら評価額の8割、贈与税なら全額が納税猶予される。猶予といっても要件を満たしている限り納める必要はなく、二代目後継者の死亡や倒産、あるいは三代目へのさらなる事業承継が行われれば、猶予されていた税負担は免除となる。
例えば評価額6千万円分の株式を持ち株ゼロの後継者に譲り渡したとすれば、生前贈与ならその3分の2に当たる4千万円に税金がかからない。また相続なら、本来6千万円分すべてに相続税がかかるところを、3分の2×8割=3200万円分が非課税ということになる。承継の際に生じる税負担を限りなく低く抑えることのできる、破格の軽減措置と言っていいだろう。
大綱には、同税制を拡充する複数の改正が盛り込まれている。そのなかでも最も大きな見直しが、要件を満たせずに納税猶予が取り消された時に、2500万円までの贈与を非課税にできる「相続時精算課税」が利用できるようになったことだ。
事業承継税制の納税猶予を受けるためには、複数の要件を承継後に満たし続ける必要がある。その一つに「承継後5年間を平均して、承継前の雇用数の8割の従業員を維持しなければならない」という雇用維持要件があり、従業員の少ない小規模事業者では1人や2人の退職ですぐに要件割れしてしまう可能性が低くない。要件を満たせなくなればその時点で納税猶予が取り消され、本来納めるべきだった税負担に加えて、猶予されていた期間の利子税も加算されるというのだから中小企業にとっては厳しい条件だ。
事業承継税制のメリットがどんなに大きかろうとも、将来的に認定が取り消された時のリスクを考慮して、事業承継税制の適用に踏み切れない事業者はこれまで多かった。その点を改善しようというのが、今回の相続時精算課税の導入ということになる。
本来、生前贈与をする時には、毎年110万円が控除される「暦年贈与」か、将来にわたって一括して2500万円までが控除される「相続時精算課税」のどちらかを選択する。贈与できる総額に上限はないものの、非課税枠を使うためには少しずつしか贈与できない暦年贈与か、上限は決まっているもののまとまった額を非課税で一括贈与できる相続時精算課税かを選べるわけだ。
近い将来の事業承継を見据えて自社株を一括して生前贈与する事業承継税制は、この2つの贈与制度のうち、言うまでもなく相続時精算課税の方と相性がいい。しかし、これまで事業承継税制では、納税猶予が取り消された時の税額計算では暦年課税しか使うことができなかった。仮に生前贈与して3年目に認定を取り消されてしまった場合、2500万円分の自社株に贈与税が課されてしまったら、暦年贈与の非課税枠110万円を3年分フルに使っても残りの2170万円分に課税されてしまうわけだ。
17年度改正で相続時精算課税を使えるようになれば、同じケースでも税負担なしで、自社株の引き継ぎができるようになる。認定が取り消されなければ自社株の贈与にかかる税負担は事業承継税制で免れつつ、相続時精算課税は別の資産の受け渡しに使えばいい。事業承継税制を使うかどうか、使うとしても相続税の納税猶予に使うか贈与税の納税猶予に使うかなど、経営者の選択肢が大きく広がったと言えるだろう。この改正が正式に法律として成立するのは3月末ごろと見られるが、すでに今年1月1日からの相続や贈与に新制度は反映されていることも覚えておきたい。
また、同税制を適用する際の「雇用維持要件」についても緩和が図られている。納税猶予を受けるためには、承継後5年間を平均して、承継前の雇用数の8割の従業員を維持しなければならない。しかし前述したように、従業員の少ない小規模事業者では1人の退職で要件割れしてしまうリスクを否定できない。それを踏まえ17年度改正では、従業員4人以下の事業者については、1人減っても猶予を継続できるよう条件を緩和する。ただしもとの従業員数が1人の時は、0人になってしまうと猶予が受けられない点に注意したい。
さらに猶予期間中に自然災害で被害を受けた事業者については、雇用確保要件を免除する。また被害が大きく、倒産せざるを得なかった企業については、猶予していた税負担そのものを免除するよう改める見直しが盛り込まれている。これらの見直しについても今年1月の相続や贈与から適用されている。
事業承継税制はもともと、自社株の引き継ぎにかかる税負担から廃業を選ぶ中小企業を減らす目的で2009年に創設された。優遇は大きかったものの、適用のためのハードルがあまりにも高かったことで当初は利用が伸び悩んだ。
税優遇を受けるための要件は色々あるが、大きなものは「雇用維持要件」と「後継者要件」の2つだ。創設当時の雇用維持要件は「毎年雇用の8割を維持しろ」というもので、後継者要件は、制度を使えるのは先代経営者の親族のみに限るというものだった。後継者難から親族外承継が増えるなかでの親族要件は中小企業の実態に沿っていなかったと言えるだろう。
多くの要望を受けて15年度の税制改正では2要件について、それぞれ「毎年ではなく5年間の平均で雇用8割を維持」、「親族外の承継も適用可」と緩和された。これらの要件緩和を受けて、これまで年間約170件程度にとどまっていた利用件数は増加し、15年の利用件数は前年の2・6倍に当たる456件にまで膨らんでいる。
しかし要件緩和を受けて利用が増えたとはいえ、高齢化の進む中小企業経営者の全体数からすればごく一部だ。そこで、中小企業の円滑な事業承継をより促すための施策として、17年度改正での利便性向上と要件緩和に至ったわけだ。
改正に向けての議論のなかでは、「現状の優遇内容でも破格なだけに、これ以上の要件緩和は課税公平性を失う恐れがある」(国税幹部)といった声は少なくなかった。また昨年6月に消費増税が再延期されたことで、「これ以上の税収減を嫌う財務省が制度拡充には頑として首を縦に振らない」との見方もあった。そうした風向きのなかで、さらなる拡充が実現したことは、それだけ中小企業の事業承継が喫緊の重要課題であるという政府の危機感が表れたものと言える。
議論はされたものの大綱には盛り込まれなかった見直しとして、小規模事業者に限定して雇用維持要件を現行の8割から5割程度にまで緩和することや、早期から計画的な事業承継に向けた取り組みを行う中小企業に対するインセンティブとして贈与税の納税猶予枠を拡大することなどがある。18年度の改正に盛り込まれるかは未知数だが、今後さらに同制度が拡充される可能性は十分にある。
制度を利用して自社株を低い税負担で引き継げたとしても、税負担以外での相続のリスク自体は払拭できないということを覚えておきたい。他の相続人から民法上の権利である遺留分減殺請求をされて自社株を取られてしまっては、税負担どころか経営の承継すらうまくいかないだろう。
中小企業の承継に詳しい城所弘明税理士(東京・芝区)は、「事業承継税制の利用が拡大していくにつれて、今後は自社株の奪い合いといった相続トラブルが増えてくる」と予測する。いかに事業承継税制を使って税負担を抑えるかという以前に、同税制を使える環境を整えることこそが、最も重要なポイントであることを忘れてはならない。
(2017/03/06更新)