事前の「届出」で税負担段違い

消費税の課税方式などを選択


 決算期は今期の節税策を講じるだけではなく、来期の納税額を抑えるための策を練らなければならない時期でもある。特に消費税と役員給与にかかる税金を軽減するには、有利な税制を選択するための届出書を決算期前後に提出しなければ間に合わない。しかし税理士に代理申告を依頼した納税者の申告であっても、選択の誤りや届出書の提出の失念が多発しており、納税者が顧問税理士を訴えざるを得ないケースが後を絶たない。消費税の課税方式の切り替えに関する誤りで税理士を訴えたケースは年間250件にも及び、役員給与に関する届け出の誤りでも20件以上の損害賠償請求が発生している。たった1枚の届出書を事前に提出するか否かが、来期決算の税負担に大きく関わってくる。


 決算期は黒字が見込める会社にとって、利益の範囲内で必要経費を計上し、税負担を減らす絶好の時期だ。

 

 その代表的な対策としては、生命保険への加入や事業用資産の修繕などが挙げられるだろう。百万円単位の損金を一度に算入することができる。また、備品や消耗品の購入などで少額の経費を積み上げていく方法もある。ほかにも30万円未満の減価償却資産を年間300万円まで全額経費にできる特例の利用や、社員旅行の実施によって、今期の課税所得を減らす対策などが多くの会社でとられている。

 

 さらに決算期前後には、これらの〝駆け込み節税〞だけではなく、来期の税負担に関わる対策についても手を付けなければならない。今期の節税ばかりに目が行ってしまい来期の対策を怠ると、思わぬ税負担がのしかかってくることになる。

 

 新たな事業年度が始まる前に必ず確認しなければならないのは、次の事業年度に消費税の「原則課税方式」と「簡易課税方式」のどちらを適用するべきかという点だ。事業年度の開始前に課税方式の切り替えに関する届出書を税務署へ提出しないと、税還付を受けられないという事態が起こる。

 

 消費税の計算方式には、売上分の消費税額から仕入れ分の消費税額を引いて算出する原則課税方式と、売上分の税額に業種ごとに定められた仕入れ率を掛けて算出する簡易課税方式とがある。

 

 簡易課税は課税売上5千万円以下の事業者が適用できるもので、一度選択すると2年間は継続適用となる。簡易課税では仕入れのために支払った実際の消費税の金額にかかわらず一定割合を売上分から算出できるため、業種ごとに決められた仕入れ率よりも実際の仕入れの割合が低ければ、基本的に原則課税と比べて有利となる。

 

 一方、高額な設備投資などで仕入れが多い時期は、支払い分の消費税額を差し引ける原則課税の方が少ない税額で済む。支払い分が売上分を上回れば税還付を受けることも可能となる。どちらが得となるかの判断を前年に行い、現行方式が不利と判断できるのであれば税務署に変更の届出書を提出する必要がある。

 

税の専門家でもミス

 届出書を提出していなかったために税負担が重くなったケースは数多く発生している。

 

 例えば建物を建築して賃貸業を始めることにした簡易課税業者のAさんは、建築に際しては多額の仕入れが必要になるため、簡易課税よりも原則課税が有利となる。2014年に賃貸業を始めることを、その前年には税理士に伝えていたが、税理士が「簡易課税制度選択不適用届出書」の提出を失念し、簡易課税で代理申告をしたところ、550万円以上の還付金を受け取れなかった。

 

 単純な届け出忘れに加えて注意が必要なのが、簡易課税の届出書を提出していても基準期間の売上高が5千万円超になると自動的に原則課税が適用され、5千万円以下に戻ると簡易課税が再び適用されるという点だ。

 

 簡易課税制度選択届出書を2010年に提出していたB社は、13年に太陽光発電設備の投資計画を立てて税理士に相談し、15年に太陽光設備を取得して売電を始めた。課税売上高が5千万円を超える期間が2期続き原則課税が適用されていたが、簡易課税の届出書を提出していた以上、5千万円以下になれば簡易課税に戻る。

 

 B社の売上高は5千万円を割っていたため簡易課税の適用事業者となる。多額の設備投資があると事前に分かっていた以上、「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出して原則課税を適用した方が有利だったが、簡易課税を選択していた事実を税理士が見落としてしまい、税還付の対象とならなかった。

 

 ここで取り上げた事例のように、課税方式の切り替えに関するミスは税の専門家でさえ毎年起こしていて、「正しい申告をするべきなのは当然だが、どうしても消費税はうっかりミスが発生しやすい。間違いを起こさないとは断言できないのが正直なところ」(都内の税理士)と不安視する声は多い。

 

 税理士業界には顧客からの損害賠償請求の負担を緩和する「税理士職業賠償責任保険」(税賠保険)が設けられているが、その事故事例を見ると、2017年度の税賠案件527件のうち消費税に関する損害賠償が251件でほぼ半数を占め、中でも原則課税と簡易課税の切り替えについてのミスが137件で断トツとなっている。

 

 なお、課税方式は事業年度の開始前に選択するのが原則だが、消費税の税率引き上げから1年間は、税率が異なる取引を区分記載することが困難な事業者に限り、事後選択が可能となっている。消費増税後の「2019年10月〜20年9月」が含まれている事業年度が対象で、課税期間の末日までに届け出れば課税方式の切り替えができる。ただしあくまでも税率区分が困難である事業者を対象にした特例で、簡易課税が有利ということに後から気づいたという理由では適用できない。

 

 消費税ではこのほか、免税事業者から課税事業者への切り替えの検討も決算期にする必要がある。免税事業者は消費税を納める必要がない反面、支払いに掛かった消費税の還付を受けることもできない。多額の投資があるなら課税事業者となる方が有利となるが、この届け出も適用を受けようとする課税期間の前に提出しなければならない。

 

役員給与に税務署の視線

 事業年度の開始前に手続きが必要な消費税ほどには喫緊ではないが、役員給与に関する節税策も、年度末の駆け込み対策では間に合わない。給与の額を改定するなら、決算期から新年度開始に掛けた早い時期に決断しなければ損金にできないので注意が必要だ。

 

 役員給与のうち会社の損金になるのは、原則として1カ月ごとなどの同じ期間に毎回同じ金額が支払われるものに限られる。金額を途中から改定すれば会社の損金に算入できないというのが基本的な考え方で、これは利益が出た会社が臨時で役員報酬を増額して法人所得を減らす〝税逃れ〞を封じるために設けられている。

 

 ただし、「事業年度開始から4カ月以内」と「株主総会の決議の日から1カ月以内」のいずれか早い時期に給与額を決定し、税務署にその額を届け出れば、金額が変わっても例外として損金にできることになっている。この対策がうまくいかずに17年度に税理士が納税者から訴えられた税賠案件は23件あった。この届出書も消費税の課税方式の変更に関するものと同様に紙1枚の記載で済むが、届け出の失念などのミスが相次いでいる状況だ。

 

 役員給与の額を設定する際には、その金額が適正かどうかについて税務署に厳しく見られる。税務署は中小企業の役員給与について、株主の目や厳格な役員給与規程が存在する大企業と違い、「内輪で支給額を決めることができる」と見ていて、特に同族会社の親族役員への給与の適正性をチェックしている。例えば現場で働いている代表取締役と、名目だけの親族役員の給与が同額だと、親族役員の給与は過大と判断される可能性が高い。

 

 税務調査官は不相当に高額な金額か否かを判断するため、その役員の職務内容や勤務状況、会社の規模、収益、社員の給与、同規模同業他社の役員給与などから総合勘案する。そのため給与が適正額であると立証できる資料を整えておくことが必要だ。

 

 決算期の重要なテーマとして取り上げた消費税と役員給与に関する対策は、駆け込み節税と違い、多額の利益が出たタイミングに合わせて調整することはできない。そのため早い段階で翌期の事業を見通し、それに合わせた対策を練っておくことが不可欠となっている。

(2019/04/05更新)