上手に残して〝争族〟防ぐ

遺言書のトラブルを回避

裁判になることも


 遺言書を残す主な目的は、特定の財産を特定の誰かに残し、また相続人同士の争いを最小限にとどめることにあるが、現実には遺言書があってもトラブルに発展することがある。一部の相続人が不公平に感じる内容が記されているときのほか、書式に不備があるときも争いを招きかねない。財産を残す人の思いがきちんと相続人に伝わらず、裁判に発展することもある。遺言書を作成するうえでの注意点を整理しておきたい。


 平成14年5月に死亡した広島市の男性Aさんは、その16年前に「財産の大半を長男に残す」という内容の遺言を1枚の用紙に書き記していた。自筆証書遺言に法的効力を持たせるための条件である「全文の自書」、「作成年月日の記載」、「氏名の記載」、「押印」をクリアしたものだった。ただし、残された長男と長女がそれを発見したときには、文面全体の左上から右下にかけて赤色のボールペンで1本の斜線が引かれていた。

 

 長女は、Aさんが斜線で遺言を取り消したと主張。これに対して長男は、斜線があっても遺言書に書かれた文字は判読できる状態であり、Aさんには遺言書を破棄する意思がなかったと反論した。裁判では1審、2審とも遺言内容を有効と判断。しかし最高裁第2小法廷は、文面に赤色のボールペンで斜線を引く行為について「その遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言のすべての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当」と判断し、平成27年11月に1審、2審の判決を覆した。

 

 Aさんの事例のように、遺言書が争いの元になることがある。遺言書の基本を確認しておきたい。

 

自筆遺言ではこんなミスに注意

 遺言書には、全文を自分で書く「自筆証書遺言」と、公証役場で公証人に作成してもらう「公正証書遺言」がある。公正証書遺言は専門家のチェックが入るので形式に不備が出ることはないが、自筆証書遺言は遺言者が気づかないミスが後々発覚するおそれがある。裁判で争われたのは自筆証書遺言の有効性だった。

 

 裁判になったケースと同様に、遺言書を作成した後に気が変わり、書き込んだ内容を取り消したいと考えることがある。大きな変更があれば、一般的には作成済みの遺言書を破棄し、新たに別の遺言書を作成する。新しい遺言書には「○年○月○日付で作成した遺言書を次のとおり変更します」などの文言を盛り込み、変更後の内容を記載する。新たに作成しなくても、遺言書に加筆や訂正をすることも可能だ。民法の規定に則り、訂正したい箇所を二本線で消し、押印したうえ、訂正する文言を書き込んで署名する。

 

 遺言書にまつわるミスには、自書や作成年月日の記載の不備がある。例えば日付をゴム印で押したり遺言書の一部の書類をパソコンで入力したものにしたりすると、自筆要件を満たさなくなるので法的効力がなくなる。作成年月日については、日付を確定できない「平成○年○月」や「平成○年○月吉日」といった記述は認められない。また、作成上の注意点とは別に、自筆証書遺言は遺言作成者が保管するため、紛失や家族による偽造のリスクが伴う。

 

 これらのリスクは自筆証書遺言を残す人が負うもので、公正証書遺言であればプロのチェックが入るので、同じようなミスは犯さずに済む。

 

 公正証書遺言の作成の際には、公証役場まで出向き、財産の額に応じて数万円〜数十万円の作成手数料が必要になる。それでも法的な不備が発生するリスクがなくなるというメリットは大きい。原本は公証人が保管し、遺言作成者は手元にコピーを保管するだけなので、仮に遺言者が紛失してしまっても問題はない。公正証書遺言を残す人は10年前には7万人前後だったが、平成26年には10万人にも増えている。

 

法的効力のない文言を書き加える

 遺言書を残す大きな目的は、特定の財産を特定の誰かに残すこと、そしていわゆる〝争族〞の発生を可能な限り防ぐことにある。しかし、相続人のうち誰かが特定の財産を受け取ると、ほかの相続人が不公平に感じることがあり、ふたつの目的を同時に実現するのは容易ではない。残される人のためを思って残した遺言書が後々トラブルを生むことにもなりかねない。そうした事態を防ぐために、法的効力のない文言を書き加えることを検討したい。

 

 遺言書で法的効力が発生するのは、相続分の指定や遺産分割の方法の指定、子どもの認知などの民法で定められた「法定遺言事項」に限られている。これに対して、遺言書に記しても法律上の効力が発生しない項目を「付言事項」という。付言事項として残される人への感謝の気持ちや、どうして遺言のような財産の分け方を望むのかといった理由を書き込めば、法的効力がなくても遺産分割がスムーズに進み、相続人同士の争いの芽を摘むことにもなる。法的効力がない〝付け足し部分〞が争族防止につながることがある。

 

 家庭裁判所に持ち込まれる紛争の7割以上は、相続財産が5千万円以下の家庭のものだ。相続税の心配がない家族でも争いは起こってしまう。経営者の相続では、分けにくい財産の代表格である自社株がからむ。遺言書がトラブルの火種になることがあるとはいえ、遺言を残さないことがリスクになる点は肝に銘じ、基本を必ず押さえるようにしておきたい。

(2017/04/28更新)