相続に関する民法のルールが7月から大きく変わる。改正後は複数の相続人による自社株の共有状態を防げるようになるほか、相続発生直後に故人の銀行口座から葬儀費用や生活費を引き出しやすくなることから、世間の評価はおおむね高い。だが歓迎してばかりはいられない。これまで相続人の負担を減らしてきた相続税対策が、新たなルールの下ではかえって相続人を苦しめるという結果を招くこともあるからだ。これまで通用した対策だからといってそのまま利用しようとすると、相続が大きなもめ事に発展しかねない。
経営者が遺言書を残し、後継者である長男には5千万円分の自社株、経営に関与していない次男には1千万円の現預金を渡すことにしたとする。しかし経営者の思いどおりに財産が分けられるとは限らず、長男と比べて受け取り分が少ない次男が、民法で認められた最低限の取り分である「遺留分」の返還を求めることがある。兄弟の遺留分はそれぞれ総財産の4分の1、すなわち1500万円で、1千万円しか手に入らない次男は差額の500万円分を長男に請求することが可能だ。
こうしたケースにおいて現行法では、次男は500万円を現金で請求できるわけではなく、長男が受けた相続財産、つまり自社株を返還するように求めるしかない。取り戻し請求をすると長男と次男は自社株を共有する状態になり、次男は全株式の1 割(500万円)を所有する株主となる。そうなると後継者に経営権を完全に握らせたいという先代の思いが実現する可能性が遠ざかる。
これを防ぐのが7月からの新ルールだ。改正民法の施行後は相続財産そのものではなく、財産に相当する金銭での取り戻しを求めることが可能となる。この改正によって、自社株をはじめとした事業用資産を後継者に集中させやすくなることが期待されている。
ただ後継者が現金を用意できないということもある。現行法上であれば、十分な現金が手元にない後継者が遺留分の取り戻し請求を受けた場合、経営権に影響のない範囲で、遊休資産などを他の相続人に渡すことも認められている。また相続の発生前に自社株の一部を議決権のない種類株式にしておき、遺留分の返還請求を受けた際にはその株を渡すことにすれば、後継者は経営上の重要な意思決定を自分だけで行えるうえ、金銭を支払わずに済む。
しかし今後は金銭で返すことを求められるようになり、議決権のない株式などの財産を渡すという対抗策は使えない。先代が「後継者のため」と考えて高額な事業用資産を相続させたばかりに、後継者が資金不足に陥るという悲劇が生じかねない。新たなルールのもとでは、後継者に渡す財産を、他の相続人の遺留分を侵害しない範囲にとどめるか、後継者が金銭で支払える範囲の遺留分侵害に止めるといった工夫が必要となるため、遺言書はこれまで以上に慎重に作成する必要があるといえる。
故人名義の銀行口座は法定相続人でも自由にお金を引き出せない〝凍結状態〞となるが、7月以降は相続発生直後に引き出すことが可能となる。
これまでは、遺産分割協議が終わるまではお金を自由に引き出せず、基本的に被相続人の入院代の未払い分や葬儀費用、残された人の当面の生活費などを相続人が元々持っていた資金から出すしかなかった。
しかし今後は、協議前でも、相続人1人当たり「預貯金額×3分の1×法定相続分」までは引き出せるようになる。上限は金融機関ごとに150万円で、口座が複数あればそれぞれの銀行から引き出すことができる。すなわち被相続人が複数の銀行に預金していれば、残された人は相続直後に数百万円単位の現金を手にすることもできるわけだ。
ただし口座から引き出した金額は、その相続人が受け取れる相続分の前払いに過ぎない。相続人の一人が制度を利用して葬儀費用を立て替えたとすると、その人が受け取れる相続財産が目減りすることになる。相続人の間でどのように費用を分担するか話し合っておかないと無用なトラブルを招きかねない。分担する場合は葬儀会社から受け取った領収書などの証拠を残しておく必要がある。
今回の改正民法の特徴として、配偶者が自宅の所有権を相続しなくても住み続けることを可能とする「配偶者居住権」の創設(来年4月施行)など、遺族の権利を保障する見直しが多いことが挙げられる。
そのひとつが、被相続人に介護などで貢献した親族が「特別寄与料」として金銭を要求できる権利の創設だ。これまでも、法定相続分以上に何らかの貢献があった相続人には、貢献度を取り分に反映できる「寄与分」の制度はあった。しかし対象はあくまで相続人だけで、家族介護の現場では長男の嫁が両親の世話をするというケースがあるにもかかわらず、法定相続人ではないため、遺言などがない限り財産を受け取ることはできなかった。これが改正法によって、7月以降は、貢献度に応じて財産の一部を受け取ることができるようになる。
法定相続人の立場からすれば受け取り分が減ることになるため、特別寄与料の制度が新たな相続トラブルの火種になるおそれがある。特別寄与料の金額の算定は、介護などで貢献した親族と法定相続人との協議で決めるが、話し合いで決まらなければ家庭裁判所で争うことになる。介護をしてくれた親族に感謝の気持ちがあるのなら、譲りたい財産を遺言ではっきり示しておくことが賢明と言える。
令和元年、相続の仕組みが大きく変わる。来年には法務局での自筆証書遺言保管制度や配偶者居住権制度もスタートする。「もめない相続」を実現するために、新たなルールをしっかりと把握して対策を講じるようにしたい。
(2019/06/28更新)